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資料詳細(図書寮文庫)

函架番号 九 ・ 1059
枝番号 0000
分類番号 415 歴史及伝記 > 歴史 > 日本史 > 記録
書名 中右記 (嘉保元年―保延元年(有欠))
註記等 一名:宗忠公記  裏:官掌中原国用陳状案、隆覚書状等
編著者 藤原宗忠
刊写情報 写, 鎌倉期
家別 九条本
点数 21
閲覧区分 -
複製番号 -
翻刻・紹介情報 紙背翻刻:宮内庁書陵部編『図書寮叢刊 九条家本紙背文書集 中右記』(平成27年)。/掲載:宮内庁書陵部・宮内庁三の丸尚蔵館編『鎌倉期の宸筆と名筆―皇室の文庫から(三の丸尚蔵館展覧会図録No.60)』(平成24年)。
貸出情報 -
解説 -
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画像 -
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細目(21件)

1 図書寮文庫

中右記 (巻1)

編著者 藤原宗忠
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:寛治8年(嘉保元年)正月1日―12月29日
2 図書寮文庫

中右記 (巻2)

編著者 藤原宗忠
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:嘉承3年(天仁元年)正月1日―12月30日
3 図書寮文庫

中右記 (巻3)

編著者 藤原宗忠
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:天永2年正月1日―12月30日
4 図書寮文庫

中右記 (巻4)

編著者 藤原宗忠
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:永久2年正月1日―5月29日
5 図書寮文庫

中右記 (巻5)

編著者 藤原宗忠
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:永久2年5月29日(続)―12月30日
6 図書寮文庫

中右記 (巻6)

編著者 藤原宗忠
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:永久6年(元永元年)正月1日―6月29日
7 図書寮文庫

中右記 (巻7)

編著者 藤原宗忠、(裏)中原国用、隆覚、源頼朝、源実朝(清原清定奉)、よりかた
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:元永元年7月1日―11月29日(後欠)  裏:官掌中原国用陳状案(1)、隆覚書状(2・正月晦日)、源頼朝御教書案(3・8月21日ヵ・民部丞奉・土屋義清宛)、源実朝御教書案(4・建保4年8月26日・清原清定奉・安達景盛宛)、よりかた陳状(5)
8 図書寮文庫

中右記 (巻8)

編著者 藤原宗忠
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:元永3年(保安元年)正月1日―12月30日
9 図書寮文庫

中右記 (巻9)

編著者 藤原宗忠
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:大治2年正月1日―12月30日
編著者 藤原宗忠
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:大治4年正月1日―3月30日
編著者 藤原宗忠
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:大治4年4月1日―7月12日
編著者 藤原宗忠、(裏)裏:藤原信時、藤原経賢ヵ、源定具ヵ、惟宗景重、藤原宗氏、源資俊ヵ、藤原資頼、源康長、菅原淳高ヵ、藤原家季ヵ、藤原信実ヵ、藤原重長ヵ、藤原為経ヵ、藤原兼輔ヵ、藤原家任、藤原隆範ヵ、後堀河天皇(源康長奉)、大江周房ヵ、平経氏ヵ、重弘、藤原経季ヵ、藤原能定、藤原行能、平有親ヵ、平知宗ヵ、藤原隆綱ヵ、定康、藤原経俊ヵ、藤原兼宣ヵ、藤原忠高ヵ、賀茂在俊、藤原光資ヵ、藤原貞時、藤原能定ヵ、藤原経行ヵ等
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:大治4年7月12日(続)―9月30日  裏:某請文(6・16・25・32・37・47・58・70・92・97・111・114・116)、左中将某請文(7・20)、左馬頭藤原信時請文(8)、某書状(9・50・52・64・81)、中務権少輔藤原貞時ヵ請文(10・80・104)、兵部卿藤原経賢ヵ請文(11・30・35)、右兵衛権佐源定具ヵ請文(12・86)、侍従某請文(13・17)、右近将曹惟宗景重請文(14・103)、某書状追而書(15・41・46・82・85・87・99)、侍従某書状ヵ(18)、藤原宗氏請文(19)、左少将源資俊ヵ請文(21・22)、藤原資頼請文(23・42)、源康長書状(24・26・29・33・107)、刑部卿菅原淳高ヵ請文(27)、藤原家季ヵ請文(28・53・73・93)、藤原信実ヵ請文(31)、左京大夫藤原重長ヵ請文(34)、権右中弁藤原為経ヵ請文(36)、右少将藤原兼輔ヵ請文(38・69)、右中将某請文(39・68・71)、右少将藤原家任請文ヵ(40)、右少将藤原家任請文(43)、藤原隆範ヵ請文(44)、後堀河天皇綸旨(45・94・101・105)、某書状ヵ(48・78・100)、文章博士大江周房ヵ書状(49・51)、勘解由次官平経氏ヵ請文(54)、重弘請文(55)前三河守藤原経季ヵ請文(56・60・76・88・95)、右少将某請文(57)、侍従藤原能定請文(59)、藤原行能請文(61)、右中弁平有親ヵ請文(62)、前下総守平知宗ヵ請文(63・84)、内蔵頭藤原隆綱ヵ請文(65)、定康書状ヵ(66)、兵部権少輔藤原経俊ヵ請文(67)、左兵衛佐某請文(72)、少納言藤原兼宣ヵ請文(74)、左少将某請文(75・112・113)、中宮大進藤原忠高ヵ請文(77)、陰陽頭賀茂在俊書状(79・106・117)、菅原某請文(83)、治部少輔藤原光資ヵ請文(89)、中務権少輔藤原貞時請文(90・98)、文章博士大江周房ヵ請文(91)、右衛門権少尉某書状(96)、文書断簡(102)、侍従藤原能定ヵ書状(109)、藤原経行ヵ請文(110)、源康長書状并京極某勘返(115)
編著者 藤原宗忠、(裏)藤原兼輔、源康長等
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:大治4年10月1日―12月29日  裏:左馬助某請文(118)、行幸供奉人交名(119・121)、右少将藤原兼輔請文(120)、左兵衛尉某請文(122)、右衛門権少尉某書状(123・127)、文書断簡(124・131)、某書状(125・130・132)、源康長書状(126・128・129)、官位交名(133―141)、嘉禄2年・3年仮名暦(142―147)
編著者 藤原宗忠
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:大治5年正月1日―6月30日
編著者 藤原宗忠
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:大治5年7月1日―10月11日
編著者 藤原宗忠、(裏)経忠ヵ、大江周房、藤原兼輔、藤原宗平、高階業時、草部近弘、藤原家季、藤原頼氏、藤原隆経、藤原能定ヵ、九条道家(源維長奉)、源兼綱ヵ、藤原経季ヵ、源定具ヵ、藤原実俊、藤原兼宣ヵ、源康長、菅原高正、藤原経賢ヵ、源兼綱、基長ヵ、源資俊ヵ、後堀河天皇
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:大治5年10月11日(続)―12月30日  裏:行幸供奉人交名(148・153)、右権少将経忠ヵ請文(149)、行幸供奉人交名土代ヵ(150)、某書状(151・164・166・182・183)、文章博士大江周房請文(152)、右少将藤原兼輔請文(154)、某書状追而書(155・157・159・160・168・173・177・184・190・196)、左中将藤原宗平請文(156)、高階業時請文(158)、左少将某請文(161)、草部近弘請文(162)、藤原家季請文(163)、右少将藤原頼氏請文(165)、右少将藤原隆経請文(167)、侍従藤原能定ヵ請文(169)、某書状ヵ(170・180・197)、関白九条道家御教書(171)、陪膳結番交名(172)、左近将監源兼綱ヵ書状(174)、前三河守藤原経季ヵ書状(175)、某奉書(176)、源康長ヵ書状(178)、右兵衛権佐源定具ヵ請文(179)、藤原実俊書状追而書(181)、右中将某請文(185)、左中将某請文(186)、侍従某請文(187)、少納言藤原兼宣ヵ請文(188)、源康長書状(189・200)、菅原高正書状(191)、兵部卿藤原経賢ヵ請文(192)、源兼綱書状(193)、左少将基長ヵ請文(194)、左少将源資俊ヵ請文(195・198)、後堀河天皇綸旨(199)、左少将某書状(201)
編著者 藤原宗忠
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:天承2年(長承元年)正月1日―3月24日  裏:周防国多仁荘田布施領百姓連署申状ヵ(202)、摂津国租帳案(203・207・208)、摂津国調帳案(204)、摂津国大計帳案(205)、摂津国出挙帳案(206)
編著者 藤原宗忠
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:長承元年3月25日―6月28日  裏:某政所下文(209・嘉禄3年閏3月ヵ10日・多仁荘田布施政所宛・藤原業綱給物)、周防国多仁荘田布施領給田目録(210・嘉禄3年)、某米請取状(211・嘉禄元年10月2日)、某銭請取状(212・嘉禄3年2月17日)、石城宮神官等解(213・214・嘉禄3年2月)、周防国多仁荘田布施領百姓連署申状(215・216・嘉禄3年2月)
編著者 藤原宗忠
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:長承元年9月25日―12月30日  裏:摂津国大計帳案(217)、摂津国正税帳案(218・220)、摂津国租帳案(219)、摂津国調帳案(221)
編著者 藤原宗忠、(裏)藤原宗氏、源維長奉、藤原隆範、秦元正、後堀河天皇(藤原信盛奉)、行胤等
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:長承2年4月18日―9月21日  裏:越前国志比荘荘官百姓等連署言上状(222・嘉禄元年6月17日)、藤原宗氏請文(228・6月24日・七瀬御祓使)、源維長奉書(229・7月8日)、藤原隆範請文(238・7月2日・法勝寺八講)、周防国田布施荘伊勢御料給田未進分注進状(241・嘉禄3年閏3月23日)、検非違使別当宣(244)、検非違使庁官人右衛門権少尉某施行状(245・9月7日)、秦元正重申状(247)、後堀河天皇綸旨(254・寛喜2年閏正月10日・藤原信盛奉・256・2月10日・平野・北野両社行幸・藤原仲房宛)、元仁2年春除目申文目録(257)、周防国多仁荘田布施領年貢送進状案(258・嘉禄2年8月・11月17日・12月17日・3年正月)、行胤起請文(259)、周防国多仁荘田布施領司等解(260・嘉禄2年12月7日)、周防国多仁荘田布施領百姓等解(261・嘉禄2年11月18日)
編著者 藤原宗忠、(裏)平棟基、藤原資経奉、中原章親・中原明政等
刊写情報 写, 鎌倉期
註記等 一名:宗忠公記  内容:長承4年(保延元年)正月1日―4月21日  裏:伊勢神宮領尾張国本新両神戸治開田文書案(262・官宣旨・寿永2年9月29日・大神宮祭主下文案・寿永2年閏10月19日・大神宮司符案・内宮庁宣案・寿永2年閏10月25日・外宮庁宣案・尾張国司庁宣案・某下文案・寿永3年)、勘解由次官平棟基書状(263・8月10日・266・7月29日・270)、左衛門権佐藤原資経奉書(265・10月17日・猿曲嶋事)、和歌集草案(272)、維雅書状(273・4月10日)、某申状ヵ(274)、某書状(275・3月26日)、明法博士中原章親同明政連署勘文(276・建保2年12月7日・猿曲御厨真目原等)、伊勢神宮内宮庁宣案断簡(277・9月24日)