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資料詳細(図書寮文庫)

函架番号 九 ・ 106
枝番号 0000
分類番号 416 歴史及伝記 > 歴史 > 日本史 > 古文書
書名 九条家文書二 (第83―109巻)
註記等 内容:2家領文書(83―109巻)
編著者 -
刊写情報 原本、写本, 平安期―室町期
家別 九条本
点数 27
閲覧区分 -
複製番号 -
翻刻・紹介情報 翻刻:宮内庁書陵部編『図書寮叢刊 九条家文書』2(昭和47年)。
貸出情報 -
解説 -
備考 九条家文書(九-106)全325巻
九条家文書一(第1―82巻・代々譲状遺誡類・和泉国日根荘関係文書)
九条家文書三(第110―140巻・山城国山科関係文書・洛中并東九条関係文書)
九条家文書四(第141―178巻・洛中并東九条関係文書)
九条家文書五(第179―220巻・散在家領等文書・家領関係補遺)
九条家文書六(第221―293巻・諸寺院関係文書)
九条家文書七(第294―325巻・書状類・脱漏・拾遺等)
画像 -
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細目(27件)

編著者 源季兼、伴国次、光重、後醍醐天皇(岡崎範国奉)、日野資名、光厳天皇(四条隆蔭奉)、日野房光、釈賢俊〔三宝院賢俊〕、日野時光、足利尊氏, 康治2年・寿永2年・弘安9年・建武元年・2年・延元元年・建武5年・貞和4年・5年
刊写情報 原本、写本
内容 源季兼寄進状(294・康治2年10月4日)、官宣旨(寿永2年10月19日・能登国宛)、若山荘本家給田所当米散用状(296・弘安9年11年11日)、左衛門尉光重請文(297・建武元年11月3日)、後醍醐天皇綸旨(298・建武2年6月29日・岡崎範国奉・唐橋在親宛)、若山荘綸旨并日野資名請文案(299・後醍醐天皇綸旨案(建武2年6月29日・岡崎範国奉・唐橋在親宛)・日野資名請文案(延元元年3月22日・前右中弁宛))、若山荘内女房御給年貢散用状案(300・建武2年12月日)、若山荘勅裁・院宣・日野家代々請文等案(301・光厳院々宣案(貞和5年10月14日・四条隆蔭奉・唐橋在親宛)・後醍醐天皇綸旨案(建武2年6月29日・岡崎範国奉・唐橋在親宛)・日野資名請文案(延元元年3月22日)・日野房光請文案(建武5年7月6日)・三宝院賢俊書状案(貞和5年2月18日・前宮内大輔宛)・日野時光請文案(貞和5年2月21日・民部権大輔宛))、日野資名請文(302・延元元年3月22日・前右中弁宛)、若山荘関係仰詞・綸旨・書状等案(303・光厳院仰詞案(貞和4年8月6日・奉行洞院公賢)・足利尊氏返事案(貞和4年8月14日・申次中条秀長)・光厳院仰詞案(貞和4年9月17日・奉行洞院公賢)・足利尊氏返事案(貞和4年9月19日・申次中条秀長)・光厳院仰詞案(貞和4年9月24日・奉行洞院公賢)・後醍醐天皇綸旨案(建武2年6月29日・岡崎範国奉・唐橋在親宛)・日野資名請文案(延元元年3月22日・前右中弁宛))、三宝院賢俊書状(304・貞和5年2月18日・前宮内大輔宛)、三宝院賢俊書状(305・貞和5年2月21日・藤宰相入道宛)
編著者 日野時光、光厳天皇(四条隆蔭奉)、後醍醐天皇(岡崎範国奉)、日野資名、日野房光、釈賢俊〔三宝院賢俊〕、日野雅光、日野資教、後光厳天皇(柳原忠光奉), 建武2年・延元元年・建武5年・貞和5年・6年・応安4年・応永27年
刊写情報 原本、写本
内容 日野時光請文(306・貞和5年2月21日・民部権大輔宛)、光厳院々宣(307・貞和5年10月14日・四条隆蔭奉・唐橋在親宛)、若山荘勅裁・院宣・日野家代々請文等案(308・光厳院々宣案(貞和5年10月14日・四条隆蔭奉・唐橋在親宛)・後醍醐天皇綸旨案(建武2年6月29日・岡崎範国奉・唐橋在親宛)・日野資名請文案(延元元年3月22日)・日野房光請文案(建武5年7月6日)・三宝院賢俊書状案(貞和5年2月18日・前宮内大輔宛)・日野時光請文案(貞和5年2月21日・民部権大輔宛))、日野雅光請文(309・8月19日・唐橋在親宛)、九条家雑掌目安案(310)、日野資教請文(311・包紙・貞和6年12月7日)、後光厳院々宣(312・応安4年後3月11日・柳原忠光奉・前大膳大夫宛)、日野資教書状(313・応永27年2月25日)
編著者 本庄宗政、遊佐祐信、遊佐光貞、釈朗厳〔十輪院朗厳〕、足利義政(細川勝元奉)、河尻右馬五郎、九条政忠、日野勝光、九条稙通、斎藤新右衛門尉、九条尚経, 応永34年・正長元年・2年・永享4年・文安5年・寛正2年・6年・文明元年
刊写情報 原本、写本
註記等 内容:本庄宗政書状(314・応永34年12月晦日・石井河内宛)、遊佐祐信若山荘年貢送文(315・正長元年12月29日)、遊佐祐信若山荘年貢未進分送文(316・正長2年6月24日)、遊佐光貞若山荘年貢送文(317・正長2年7月29日)、遊佐某若山荘段銭送文包紙(318)、十輪院朗厳書状(319・永享4年3月10日)、室町将軍〈足利義成〉家御教書(320・文安5年9月22日・細川勝元奉・万里小路式部大輔宛・321・文安5年9月22日・細川勝元奉・畠山義忠宛)、若山荘直給散田指出(322・寛正2年12月6日)、九条政忠書状案(323・寛正6年9月15日・日野勝光宛)、日野勝光書状(324・文明元年4月18日・唐橋在治宛)、九条稙通書状(325・3月23日・三条西公条宛・包紙)、某書状(326・10月4日)、斎藤新右衛門尉書状(327・12月29日)、若山荘本家年貢散用状(328)、九条尚経若山荘由緒書(329)  裏:某書状(328)
編著者 大江匡房等奉、菅原在良、源種保・源能信申、惟宗久経・惟宗景親問、九条兼実(別当右馬権頭源朝臣奉)、後嵯峨天皇(勘解由次官奉)、頼秀、静成、橘義清、北条宗方・北条宗宣、金沢貞顕・北条時範、北条時敦・金沢貞顕、釈実静、円真、九条忠教, 延久3年・嘉承2年・3年・建仁2年・建永元年・弘長2年・3年・永仁6年・嘉元2年・徳治2年・正和2年
刊写情報 原本、写本
内容 太政官符(330・延久3年6月24日・摂津国司宛)、輪田荘立券文書(331・摂津守菅原在良書状(嘉承3年正月14日・右衛門大夫宛)・摂津国庁宣(嘉承2年12月日・八部郡司・書生津守永行宛))、輪田荘々官源能信等申詞記(332・建仁2年2月14日)、九条禅閣兼実家政所下文并院宣等案(333・九条禅閣〈兼実〉家政所下文案断簡(建永元年12月日・別当右馬権頭源朝臣奉)・後嵯峨院々宣案(弘長3年3月1日・勘解由次官奉・前宮内少輔宛))、輪田荘西方地頭請年貢注文(334・正和2年8月日)、輪田荘相論文書案(335・輪田荘雑掌静成申状案(正和2年3月日)・九条禅閣〈兼実〉家政所下文案(建永元年12月日・別当右馬権頭源朝臣奉)・後嵯峨院々宣案(弘長2年3月1日・勘解由次官奉・前宮内少輔宛)・橘義清和与状案(永仁6年正月18日)・六波羅探題下知状案(永仁6年2月2日・北条宗方・北条宗宣・嘉元2年2月8日・3月21日・徳治2年3月12日・金沢貞顕・北条時範))、六波羅探題下知状案(336・正和2年6月2日・北条時敦・金沢貞顕・薬師寺次郎左衛門尉宛)、輪田荘相論文書案(337・権僧正実静書状案(正和2年6月20日・平二位宛)・円真重申状案(正和2年6月19日・宰相律師宛))、九条禅閣〈忠教〉家雑掌初度目安案(338)
編著者 後醍醐天皇(万里小路季房奉・葉室長光奉・中御門宣明奉)、九条道教(唐橋在親奉)、北条師時・北条時村奉、薬師寺貞義、赤松範資、安倍親勝、世舜, 嘉元2年・元亨4年・嘉暦3年・元弘3年・建武元年・2年・康暦2年
刊写情報 原本、写本
註記等 内容:九条禅閣〈忠教〉家雑掌第二度目安案(339)、後醍醐天皇綸旨(340・元亨4年11月21日・万里小路季房奉・左京権大夫宛)、輪田荘相論文書案(341・輪田荘雑掌重申状案(建武元年4月日)・後醍醐天皇綸旨案(元弘3年7月2日・8月17日・葉室長光奉・唐橋在親宛・元弘3年9月1日・中御門宣明奉・摂津守宛)・輪田荘年貢以下抑留物注文案(元弘3年)・右大将〈九条道教〉家御教書案(建武元年4月18日・唐橋在親奉・蔵人民部大輔宛)・輪田荘雑掌重申状案(建武元年11月日)・関東下知状案(嘉元2年10月7日・北条師時・北条時村奉)・薬師寺貞義重申状案(嘉暦3年2月日)・雑訴決断所廻文案(建武元年11月22日・2年4月5日))、輪田荘地頭赤松範資陳状案(342・343・建武2年4月日)、輪田荘雑掌目安案(344)、訴陳書差(345)、九条前関白家雑掌申状案(346・九条前関白家雑掌申状案・九条前関白家雑掌申状案(書さし)・九条前関白家雑掌申状案)、沙弥世舜請文(347・康暦2年2月10日)  附:安部親勝契約状案(342・343・建武元年2月9日)
編著者 足利義持(斯波義将ヵ奉)、照阿、中尾末俊、大塚栄運、神栄寺元秀、生島則延、庄信元、朝房、長塩宗永、九条政忠、斎藤親基・松田貞興奉、九条政基、斎藤元右、富小路俊通、資直, 応永5年・8年・嘉吉元年・2年・文安元年・長禄4年・文明元年・5年・6年
刊写情報 原本、写本
内容 室町将軍〈足利義持〉家御教書案(348・応永5年6月15日・斯波義将ヵ奉・細川満元宛)、輪田荘年貢送文(349・応永8年10月17日)、中尾末俊請文(350・嘉吉元年9月2日)、大塚栄運請文(351・嘉吉元年閏9月20日)、神栄寺元秀請文(352・嘉吉2年2月2日・353・嘉吉2年2月7日)、生嶋則延請文(354・嘉吉2年5月27日)、庄信元請文案(355・嘉吉2年10月15日)、朝房請文(356・嘉吉2年12月2日)、長塩宗永請文案(357・文安元年2月16日・石井美作守宛)、九条大納言〈政忠〉家雑掌申状案(358・長禄4年12月日)、室町幕府奉行人連署奉書案(359・文明元年11月11日・斎藤親基・松田貞興奉・富小路俊通宛・360・文明元年11月11日・斎藤親基・松田貞興奉・守護代宛)、九条右大臣〈政基〉家雑掌申状案(361・文明5年12月)、斎藤元右請文(362・文明6年2月13日・唐橋在数宛)、富小路俊通奉書案(363・4月19日・安富元家宛)、九条家書状案(364・6月13日・細川民部少輔宛・長塩宗永宛)、某書状案(365)、某書状断簡(366・神栄寺元秀ヵ)、資直書状(367・侍従ヵ宛)、九条家雑掌申状案(368・九条宛)、富小路俊通書状(369)
編著者 藤原宗氏、藤原義夏、釈了忍、後醍醐天皇(甘露寺藤長奉)、足利義満(斯波義将奉)、足利義持(畠山基国奉)、性春・喜多野性守・性助奉、足利義教(斯波義淳奉等)、赤松満祐、浦上備前入道・櫛橋豊後入道、三条公久、浦上信祐・櫛橋珪寿・浦上伊高奉、斎藤氏成、釈経誉〔成身院経誉〕、釈朗厳〔十輪院朗厳〕、唐橋在豊、九条満教、田結庄豊房、松田秀興等奉, 嘉暦3年・元徳2年・建武元年・至徳元年・応永6年・32年・永享元年・3年・4年・5年・嘉吉2年・文安4年・長禄3年・寛正2年・文明3年
刊写情報 原本、写本
内容 藤原宗氏請文(370・嘉暦3年7月16日)、藤原義夏請文(371・嘉暦3年7月20日)、僧了忍請文(372・元徳2年閏6月21日)、後醍醐天皇綸旨(373・建武元年3月10日・甘露寺藤長奉、前菅少納言宛)、室町将軍〈足利義満〉家御教書案(374・至徳元年8月17日・斯波義将奉・赤松義則宛)、蔭山荘無足田関係文書案(375・室町将軍〈足利義持〉家御教書案(応永6年6月15日・畠山基国奉・赤松義則宛)・蔭山荘無足田本所年貢支配注文案(応永6年8月9日)・赤松家年寄衆連署奉書案(応永6年8月9日・性春・喜多野性守・性助奉・寺内五郎左衛門入道・佐谷弾正忠宛))、蔭山荘惣田数注文案(376・応永32年9月日)、蔭山荘本所分公田田数注文(377)、播磨国諸荘段銭関係文書案(378・足利義教御判御教書案(永享元年9月14日)・播磨国守護〈赤松満祐〉施行状案(永享元年10月25日・沙弥奉・浦上備前入道・櫛橋豊後入道宛)・播磨国守護〈赤松満祐〉国奉行下知状案(永享元年11月6日・小河右衛門尉・浦上備前入道・櫛橋豊後入道奉・本所方政所宛)・室町将軍〈足利義教〉家御教書案(永享3年8月18日・斯波義淳奉・三条公久宛)・九条家奉行人奉書案(永享3年9月8日・三条公久奉・赤松満祐宛)、播磨国守護〈赤松満祐〉施行状并奉行人下知状案(379・播磨国守護赤松満祐施行状案(永享3年9月18日・櫛橋豊後入道・浦上備前入道宛)・播磨国守護〈赤松満祐〉国奉行下知状案(永享3年3年10月4日・信祐・珪寿・伊高奉・蔭山荘沙汰人宛))、蔭山荘中村本所分年貢注進状(380・永享5年9月17日)、斎藤氏成請文(381・嘉吉2年9月10日)、蔭山荘内下村等関係文書案(382・成身院経誉譲状(文明3年12月21日)・十輪院朗厳譲状案(文安4年8月13日)・唐橋在豊書状案(文安4年9月29日・成身院宛)・九条満教書状案(永享4年7月25日・十輪院宛)・九条満教寄進状案(永享3年5月12日)・田結庄豊房請文案(寛正2年12月3日)・室町幕府奉行人連署奉書案(長禄3年11月8日・松田秀興・沙弥奉))
編著者 飯尾為信・飯尾元連奉、釈公遍〔成身院公遍〕、葦田友興・小寺祐職奉、浦上則宗、重豊・永行・貞元・水尾、小寺則職・貴能奉、白川富秀, 文明10年・16年・延徳2年・明応元年・4年・5年
刊写情報 原本、写本
内容 室町幕府奉行人連署奉書案(383・文明10年9月14日・飯尾為信・飯尾元連奉・富小路俊通宛)、山名方入国礼銭注文案(384・文明16年3月日)、成身院公遍書状(385・延徳2年9月24日・芝法橋宛・386・延徳2年9月25日・番衆宛・387・明応元年12月29日・芝宛)、播磨国守護奉行人連署奉書(388・明応4年6月25日・葦田友興・小寺祐職奉・肥塚雅楽助宛)、浦上則宗書状案(389・明応4年11月24日・山下豊後守宛)、蔭山荘多田・山田村名主等申状案(390・明応4年12月6日・重豊・永行・貞元・水尾)、成身院公遍書状(391・明応4年12月28日・392・明応4年12月29日)、蔭山荘段銭催徴文書案(393・播磨国守護奉行人書下案(明応4年12月1日・小寺則職・貴能奉・牛尾左京進・垣屋三郎次郎宛・薬師寺弥四郎・平位新左衛門尉宛))、蔭山荘内多田村年貢算用状(394・明応5年正月日)、成身院公遍書状(395・明応5年12月2日・芝法眼宛・396・8月8日・唐橋宛・397・9月26日・芝法橋宛・397・10月4日・芝法橋宛)
編著者 右衛門尉・大和守、小寺則職・貴能、葦田友興・浦上則宗奉、白川富秀、中安宗家、資直、九条尚経(白川富秀奉等)、釈厳秀〔密厳院厳秀〕, 明応6年・7年・文亀3年・永正元年・6年・7年・17年・大永元年・3年・5年
刊写情報 原本、写本
内容 若菜人夫催徴配符(399・明応6年3月28日・右衛門尉・大和守)、小寺則職等書状案(400・明応6年11月7日・小寺則職・貴能・白川富秀宛)、播磨国守護奉行人連署奉書(401・明応6年12月13日・葦田友興・浦上則宗奉・多田村名主百姓宛)、蔭山荘多田村四名秋段銭算用状(402・明応6年12月28日・403・明応7年12月27日)、蔭山荘八千草村本所分公用銭送状(404・文亀3年12月21日・白川富秀宛)、蔭山荘年貢算用状(405・永正元年12月28日)、資直書状(406・永正6年12月30日・白川富秀宛)、山門釈迦堂雑掌重申状案(407・永正7年3月23日)、九条関白〈尚経〉家御教書草案(408・永正7年5月10日・山門釈迦堂雑掌宛)、白川富秀請文(409・永正17年12月13日・番衆宛)、蔭山荘多田村四名等秋段銭算用状案(410・大永元年12月13日)、密厳院厳秀書状断簡(411・大永ヵ3年11月28日・412・2月4日)、密厳院厳秀書状(413・5月10日)、九条尚経書状案(414・大永3年12月3日・415・5年11月21日)
編著者 浦上村宗、九条稙通、唐橋在忠、上原祐貞・秀世、就宗、九条尚経、顕秀、白川富秀、釈忠厳、唐橋在満奉、三島久通、浦上信祐・櫛橋珪寿・浦上伊高奉、小寺則職、(裏)実香等, 大永8年・享禄4年・天文3年
刊写情報 原本、写本
註記等 内容:浦上村宗書下案(416・大永8年10月3日・百姓宛)、九条稙通判物案(417・享禄4年6月12日・密厳院二位阿闍梨宛)、蔭山荘多田村吉包名代官職補任状案(418・天文3年・後藤若狭守宛)、上原祐貞等書状案(419・2月1日・小寺加賀守宛)、就宗書状(420・6月2日・宮橋宛)、九条尚経書状案(421・7月19日)、顕秀書状(422・8月10日・矢野宛)、某書状案(423・8月16日・後藤若狭守宛)、白川富秀書状断簡(424・9月6日・番衆宛)、忠厳書状(425・10月17日・蔵人宛)、九条家奉行人奉書案(426・11月16日・芝三位宛)、三嶋久通書状(427・11月24日・石塚宛)、播磨国守護〈赤松満祐〉国奉行下知状(428・11月26日・浦上信祐・櫛橋珪寿・浦上伊高・蔭山荘給主沙汰人宛)、小寺則職書状案(429・12月13日・上原祐貞・堀出雲守宛)、白川富秀書状草案(430)  裏:実香書状(426)、某消息(429)
編著者 八条院〔暲子内親王〕(藤原実清奉)、藤原邦綱、藤原信能・藤原俊盛・藤原実清等奉、釈定源・願信等、光厳天皇(冷泉定親奉)、有賢、源雅定・藤原実能・藤原顕頼等奉、斎藤基秀・諏訪円忠、足利義満(細川頼之奉・斯波義将奉)、後光厳天皇(広橋仲光奉)、九条経教、飯尾為清・飯尾貞行奉、(裏)孝尋, 保延7年・応保3年・長寛元年・正応4年・暦応元年・応安4年・嘉慶元年・応永元年・4年・5年・23年
刊写情報 原本、写本
註記等 内容:八条院〈暲子内親王〉家御教書(431・応保3年正月26日・藤原実清奉・藤少納言宛)、播磨国司庁宣(432・応保3年正月日)、八条院〈暲子内親王〉庁下文(433・長寛元年11月4日・藤原信能等奉)、田原荘実検注進状(434・正応4年8月日)、光厳院々宣(435・暦応元年11月11日・冷泉定親奉・前左兵衛佐宛)、田原荘雑掌申状案并具書案(436・田原庄雑掌有賢申状案(暦応元年11月日)・鳥羽院庁下文案(保延7年6月23日)・室町幕府使者申詞案(暦応元年9月26日・斎藤基秀・諏訪円忠))、室町将軍〈足利義満〉家御教書(437・応安4年9月17日・細川頼之奉・赤松則祐宛)、後光厳院々宣(438・応安4年ヵ11月27日・広橋仲光奉・民部大輔宛)、田原荘雑掌申状案(439・嘉慶元年)、室町将軍〈足利義満〉家御教書案(440・応永元年10月29日・斯波義将奉・赤松義則宛)、前関白〈九条経教〉家御教書案(441・応永4年9月23日)、室町幕府奉行人連署奉書案(442・応永5年9月2日・飯尾為清・飯尾貞行奉)、田原荘年貢勘定状(443・(後欠)・応永23年)  裏:孝尋書状(439・9月29日)
編著者 浦上信祐・小河玄助、後藤左衛門尉・小河玄綱、足利義教(斯波義淳奉等)、赤松満祐、小河左衛門尉・浦上・垣屋、永麻、足利義政、畠山政長、斎藤親基・松田秀興奉、重秀、唐橋在治, 応永25年・35年・永享元年・3年・嘉吉3年・文正元年・応仁元年・文明4年・5年
刊写情報 原本、写本
内容 九条家雑掌申状案(444・応永25年9月日)、播磨国守護方書下等(445・播磨国眼代小河玄助等遵行状(応永35年正月24日・小河玄綱・後藤次郎左衛門尉宛)・播磨国遵行使小河玄綱等渡状(応永35年正月26日・九条宛))、足利義教御判御教書(446・永享元年9月14日)、室町将軍〈足利義教〉家御教書(447・永享元年9月14日・斯波義淳奉・赤松満祐宛)、播磨国守護〈赤松満祐〉施行状案(448・永享元年10月25日・浦上備前入道・櫛橋豊後入道宛)、播磨国守護〈赤松満祐〉国奉行下知状(449・永享元年11月6日・本所方政所宛)、田原荘段銭田数注文(450・永享3年11年15日)、田原荘本所方年貢散用状(451・嘉吉3年12月日)、足利義政御判御教書(452・文正元年9月5日・九条政基宛)、室町幕府管領〈畠山政長〉施行状(453・文正元年9月5日・山名持豊宛)、室町幕府奉行人連署奉書(454・応仁元年8月4日・斎藤親基・松田秀興奉・九条政基家宛)、重秀請文(455・文明4年12月15日・富長与一・南宛)、田原荘年貢散用状(456・文明4年12月23日)、田原荘年貢并借物方散用状(457・文明5年12月29日)
編著者 唐橋在治、飯尾為信・飯尾貞有奉、小寺則職・上原祐貞、浦上則宗、赤松政秀、唐橋在数、飯尾清房・飯尾元連奉、斎藤宗基・松田数秀奉、葦田友興・小寺祐職奉、福寿院、数清, 文明6年・7年・8年・9年・10年・14年・延徳2年・明応4年・5年・9年
刊写情報 原本、写本
内容 田原荘宛借銭注文(458・文明6年10月日)、田原荘本所分散用状(459・文明6年12月27日)、室町幕府奉行人連署奉書(460・文明7年3月20日・飯尾為信・飯尾貞有奉・唐橋在数宛)、小寺則職・上原祐貞連署施行状案(461・文明7年3月26日・浦上美濃守宛)、浦上則宗書状案(462・文明7年4月17日・赤松政秀宛)、赤松政秀施行状(463・文明7年4月21日・本所方政所宛)、田原荘御料所方年貢散用状(464・文明8年12月日)、田原荘本所分段銭礼物算用状(465・文明9年10月日)、田原荘年貢算用状(466・文明10年10月日)、室町幕府奉行人連署奉書(467・文明14年10月28日・飯尾清房・飯尾元連奉・九条家宛・468・延徳2年9月2日・斎藤宗基・松田数秀奉・唐橋在数宛)、葦田友興・小寺祐職連署奉書(469・明応4年6月25日)、葦田友興・小寺祐職連署奉書案(470・明応4年6月25日)、田原荘定連名年貢算用状(471・明応5年12月19日)、田原荘本所分秋段銭散用状(472・明応9年12月29日)、田原荘名子方公用散用状(473・明応9年12月29日)、定連・左近五郎両名年貢散用状(474・明応9年12月29日)
編著者 九条政基、永縁、左衛門尉・左衛門尉・周防守、飯尾清房・飯尾元行奉、白川富秀、後柏原天皇(正親町三条公兄奉)、飯尾之秀・諏訪長俊奉、在清、顕秀、唐橋在満、赤松村秀、浦上村宗、唐橋在忠、赤松梅松丸、釈重海〔無量寿院重海〕、(裏)九条政基、永縁, 文亀3年・永正3年・4年・9年・11年・12年・17年・大永元年・8年・天文2年
刊写情報 原本、写本
註記等 内容:九条政基書状(475・文亀頃12月14日)、永縁請取状(476・永正3年12月20日・矢野左京亮宛・白川富秀宛)、田原荘段銭支配状(477・永正4年3月6日・478・永正4年4月2日)、九条家雑掌申状案(479・九条家雑掌申状草案(永正4年4月日)、九条家雑掌申状案(永正4年4月日))、室町幕府奉行人連署奉書(480・永正4年4月21日・飯尾清房・飯尾元行奉・九条家宛)、室町幕府奉行人連署奉書案(481・永正4年4月21日・飯尾清房・飯尾元行奉・赤松義村宛等)、田原荘本所分段銭田数注文(482・永正9年10月日)、後柏原天皇綸旨(483・永正11年10月13日・正親町三条公兄奉・白川富秀宛)、室町幕府奉行人連署奉書(484・永正11年10月29日・飯尾之秀・諏訪長俊奉・九条家宛)、在清請文(485・永正12年10月10日)、田原荘春段銭算用状(486・永正17年10月吉日)、田原荘定連・左近五郎両名年貢算用状(487・大永元年12月13日・白川富秀宛)、唐橋在満書状案(488・大永元年12月13日・赤松村秀宛・大永2年正月14日・矢野右京亮宛)、田原荘代官職補任状案(489・大永元年12月13日・唐橋在満奉・赤松村秀宛)、田原荘代官職補任状草案(490・大永元年12月13日・唐橋在満奉・赤松村秀宛)、田原荘一音院分代官職補任状案(491・大永元年12月13日・唐橋在満奉・赤松村秀宛)、田原荘代官職請文案(492・大永元年12月・赤松村秀・唐橋在満宛)、田原荘一音院分代官職請文案(493・494・大永元年12月・赤松村秀・唐橋在満宛)、浦上村宗書下案(494・大永8年9月・百姓宛)、田原荘代官職関係文書案(495・田原荘代官職補任状案(天文2年8月9日・唐橋在忠奉・赤松梅松丸宛)・田原荘代官職請文案(天文2年8月17日・赤松梅松丸・唐橋在忠宛))、田原荘代官職補任状草案(497・天文2年8月18日・書きさし)、田原荘代官職請文(498・天文2年8月18日・無量寿院重海・唐橋在忠宛)  裏:九条政基判物案(475・文亀3年10月3日・白川富秀宛)、永縁書状(479・4月20日)
編著者 唐橋在満、浦上村宗、秀治、白川富秀奉、九条稙通、赤松則貞、唐橋在数、赤松村秀、九条政基、若井宗勝
刊写情報 原本、写本
内容 唐橋在満書状(499・2月22日・石橋宛)、浦上村宗書状案(500・4月3日・山下四郎左衛門尉宛)、秀治書状(501・4月5日・田原荘本所直納方百姓宛)、唐橋在満書状(502・4月6日・集福房宛)、九条家奉行人奉書案(503・5月16日・赤松則貞宛)、九条稙通書状案(504・5月16日・松泉院宛)、赤松則貞書状(505・5月28日・白川富秀宛)、唐橋在数書状(506・11月9日)、田原荘公用銭関係文書案(507・某書状案(11月等)・唐橋在満書状案(11月・三島久通宛))、白川富秀書状(508・12月11日・509・12月13日)、赤松村秀書状(510・12月18日・唐橋少納言宛)、九条政基書状(511・24日)、某書状断簡(512・(後欠))、若井宗勝書状包紙(513・八木左京亮宛)、某天皇綸旨断簡(514)
編著者 藤原実房・藤原兼雅・藤原実家等奉, 建久3年
刊写情報 原本
内容 後白河院庁下文(515・建久3年2月日)
編著者 釈妙葩〔春屋妙葩〕、藤原実弘、保、道慶、釈光静・釈澄印・釈梵積・釈周光、政俊・長行・上原性智奉、浦上信祐・小河玄助, 康暦2年・3年・応永8年・25年・30年
刊写情報 原本、写本
内容 宝幢寺長老〈春屋妙葩〉書状(516・康暦2年12月23日)、安田荘野間郷領家方年貢米等注進状(517・康暦3年正月日)、安田荘野間郷年貢散用状、(518・応永8年2月13日)、沙弥道慶渡状(519・応永25年11月4日・御所侍新左衛門尉宛)、宝幢寺住持〈周光〉等連署避文(520・応永30年4月5日)、宝幢寺住持代官某渡状(521・応永30年4月13日・安田・曽我部・中村三ヶ郷公文代宛)、宝幢寺住持周光書状(522・応永30年4月14日・523・応永30年4月17日・三条中将宛)、播磨国守護〈赤松義則〉奉行人連署奉書(524・応永30年9月5日・政俊・長行・上原性智奉・小河玄助・浦上信祐宛)、播磨国眼代小河玄助等書下(525・応永30年9月20日・当所政所宛)
編著者 実秀, 応永34年
刊写情報 原本
内容 安田荘曽我部郷本所方年貢等注進状(526・応永34年4月3日)
編著者 釈増高、赤松満祐、釈正任・釈宗灌等、釈梵任、(裏)宰相局, 永享3年・4年
刊写情報 原本、写本
註記等 内容:安田荘四ヶ郷年貢銭等送進状案(527・永享3年11月25日)、播磨国守護〈赤松満祐〉遵行状案(528・永享4年6月27日・赤松政秀宛)、宝幢寺住持〈宗灌〉等連署渡状(529・永享4年6月27日・九条宛)、宝幢寺出官梵任書状(530・永享4年11月14日)、某書状(531・10月7日)、某書状案(532・10月7日)、某書状(533・11月16日)  裏:某書状(527)、宰相某書状(532・2月21日)、某書状(533)
編著者 後醍醐天皇(中御門宣明・高倉光守奉)、右兵衛尉盛隆、藤原政景・釈道念・釈覚知、村上盛弘、下村頼秀、宇野政頼、田路秀吉、海舜, 正安2年・嘉元3年・元弘3年・応永26年・永禄元年・2年・3年
刊写情報 原本、写本
内容 後醍醐天皇綸旨(534・元弘3年7月24日・中御門宣明奉・前左京権大夫宛)、久留美荘雑掌盛隆請文(535・正安2年2月日)、久留美荘領家方年貢米散用状(536・嘉元3年12月29日)、後醍醐天皇綸旨(537・元弘3年7月26日・高倉光守奉・前左京権大夫宛)、村上盛弘請文(538・応永26年正月29日)、下村頼秀書状(539・永禄元年11月26日・成身院・柴宮内卿宛)、宇野政頼書状(540・永禄元年11月26日・成身院・柴宮内卿宛)、下村頼秀書状(541・永禄2年11月2日・柴宮内卿・成身院宛)、田路秀吉書状(542・永禄2年11月6日・芝宮内卿・成身院宛)、三方荘公用銭散用状案(543・永禄3年3月10日)、田路秀吉書状(544・12月4日・芝宮内卿・成身院宛)
編著者 覚照、後深草天皇(藤原親頼奉)
刊写情報 写本
内容 覚照重申状并具書案(545・覚照重申状案(正応4年7月日)・後深草院々宣案(正応4年4月26日・3年11月29日・2日・8月11日・6月29日・13日・5月16日・4月9日・3月22日・正月26日・10日・2年12月28日・21日・12月10日・11月28日・7日・閏10月12日・3日・10月22日・9月26日・5日・8月26日・15日・7月14日・6月13日・藤原親頼奉))
編著者 釈経舜・釈雅成・釈親乗・釈経誉・釈智海・釈最舜等、飯尾為信・飯尾元連奉、一条冬良(宮内卿奉)、釈瑶遍・釈公尋・釈真海・釈公遍等、薬師寺元長、九条尚経、ちやちや、(裏)富小路俊通, 寛正7年・文明10年・明応4年・5年・6年・文亀2年・永正元年
刊写情報 原本、写本
註記等 内容:光明峯寺供僧連判状案(546・寛正7年11月日・寺務宛)、室町幕府奉行人連署奉書(547・文明10年9月14日・飯尾為信・飯尾元連奉・富小路俊通宛)、小塩荘寄進関係文書案(548・前関白〈一条冬良〉家寄進状案(明応4年10月12日・随心院宛)・前関白〈一条冬良〉家御教書案(明応4年10月15日・薬師寺安芸守宛))、小塩荘寄進関係文書案(549・前関白〈一条冬良〉家寄進状案(明応4年10月12日・随心院宛)・前関白〈一条冬良〉家御教書案(明応4年10月15日・薬師寺安芸守宛))、光明峯寺供僧連署申状(550・明応5年8月24日・番衆宛)、光明峯寺供僧連署申状添書(551・明応5年)、小塩荘代官職請文(552・明応6年10月5日)、九条尚経判物案(553・文亀2年10月13日・尭快宛)、某書状草案(554・永正元年10月以前)、ちやちや消息(555・永正元年9月24日)、某消息(556・永正元年頃)  裏:某仮名消息(548)、富小路俊通書状(554・4月13日)
編著者 九条尚経、白川富秀奉、秋岡景久、忠明、香西元能、神足友春、秦左衛門尉、(裏)楽縁、資直, 永正元年・2年
刊写情報 原本、写本
註記等 内容:九条尚経御判御教書案(557・永正元年10月2日・随心院宛)、小塩荘代官職補任状草案(558・永正元年10月23日)、秋岡景久代官職請文(559・永正元年10月28日・白川富秀宛)、秋岡景久代官職請文案(560・永正元年10月28日・白川富秀宛)、小塩荘代官職補任関係文書案(561・小塩荘代官職補任状案(永正元年11月日・白川富秀奉・香西元能宛)・忠明書状案(12月23日・芝法眼宛))、小塩荘代官職補任状案(562・563・永正元年11月日・白川富秀奉等・香西元能宛)、小塩荘代官職補任関係文書案(564・小塩荘代官職補任状草案(永正元年11月日・白川富秀奉・香西元能宛)・香西元能請文案(永正元年11月日・白川富秀宛)・神足友春書状案(永正元年9月24日・矢野宛))、香西元能代官職請文(565・永正元年11月日・白川富秀宛)、小塩荘代官職補任関係文書案(566・香西元能代官職請文草案(永正元年12月9日・白川富秀宛)・小塩荘代官職補任状草案(永正元年12月日・白川富秀奉・香西元能宛))、某書状案(567・4月21日・藤宰相宛)、某消息案(568・永正2年8月14日)、小塩荘奉行職補任状案(569・九条尚経奉行職補任状案(永正2年9月21日・白川富秀宛・信濃小路長盛宛))、九条尚経奉行職補任状草案(570・永正2年9月21日・白川富秀宛)、小塩荘奉行職補任状并事書等案(571・九条尚経奉行職補任状案(永正2年9月22日・白川富秀・信濃小路長盛宛)・小塩荘事書草案(永正2年ヵ))、秦左衛門尉書状案(572・永正2年10月4日)、某書状草案(573・永正2年10月以前)  裏:九条関白〈尚経〉家御教書案(560・7月10日・白川富秀奉・多武峯宛)、楽縁書状(561・永正元年12月23日ヵ・源侍従宛)、楽縁書状(566・永正元年12月頃・白川富秀宛)、某仮名消息(567・極臈宛)、小塩荘事書草案(570・永正2年ヵ)、資直書状(571・9月21日・菅蔵人宛)
編著者 九条政基、信濃小路長盛・白川富秀奉、竹原定雄、一宮次郎三郎、(裏)石井在利ヵ, 永正2年・3年・4年
刊写情報 原本、写本
註記等 内容:九条政基小塩荘下向引付(574・永正2年10月13日―19日)、小塩荘事書案(575・永正2年10月頃)、九条政基書状(576・永正2年10月16日・九条尚経宛)、九条家奉行人連署書状案(577・永正2年10月16日・信濃小路長盛・白川富秀奉・香西元秋宛)、九条政基書状(578・永正2年10月17日・九条尚経宛・579・永正2年10月18日)、九条家奉行人連署書状(580・永正2年10月18日・信濃小路長盛・白川富秀奉・番衆宛)、九条政基書状案(581・永正2年10月18日・九条尚経宛)、九条政基書状(582・永正2年10月19日・九条尚経宛)、信濃小路長盛書状草案(583・永正2年10月19日・石井在利宛)、水垂・ひつめ被官衆交名注文(584)、九条政基書状(585・永正2年10月20日・九条尚経宛)、九条家奉行人奉書案(586・永正3年11月19日・古市・神足・勝竜寺・水足・山崎百姓宛)、竹原定雄書状(587・永正4年9月12日・一宮次郎三郎宛)、一宮二郎三郎書状案(588・永正4年9月22日・竹原定雄宛)、一宮次郎三郎請文案(589・永正4年10月28日・九条宛)  裏:某書状(574・10月17日・白川宛)、石井在利ヵ消息(575・永正2年10月16日)
編著者
刊写情報 原本
内容 小塩荘年貢納帳(590・永正4年11月日)
編著者 竹原定雄、釈宝祐、釈厳秀〔密厳院厳秀〕、飯尾貞運ヵ・松田英致奉、薬師寺万徳丸、家綱、右衛門佐・従三位奉、釈清真〔成就院清真〕、釈尭快, 永正4年・5年・6年・大永7年・弘治3年
刊写情報 原本、写本
註記等 内容:小塩荘礼料足注文(591・永正4年12月26日)、小塩荘代官職補任状案(592・小塩荘代官職補任状案(永正5年9月10日・竹原定雄奉・一宮次郎三郎宛・大永7年6月1日・散位菅原朝臣奉・一宮左近将監宛))、光明峯寺年預宝祐書状(593・永正5年10月26日・芝法眼宛)、密厳院厳秀書状(594・永正5年10月26日・唐橋在名宛)、室町幕府奉行人連署奉書案(595・永正5年12月29日・飯尾貞運ヵ・松田英致奉・随心院宛・596・永正5年12月29日・飯尾貞運ヵ・松田英致奉・神足宮千代宛・597・永正5年12月29日・飯尾貞運ヵ・松田英致奉・当所名主沙汰人宛)、薬師寺万徳丸書状(598・永正6年12月17日・石井在利宛)、小塩荘文書目録案(599)、小塩荘納米注文(600・弘治3年5月26日)、九条家奉行人奉書案(601・4月26日・右衛門佐・従三位奉・古市播磨律師宛)、成就院清真書状(602・4月29日・唐橋宛)、光明峯寺預所尭快書状案(603・4月30日・飯尾貞運宛)  裏:某書状(603)
編著者 九条尚経、ちや、唐橋在名、釈乗海〔山崎南坊乗海〕、九条政基、章盛、信濃小路長盛・白川富秀奉、富小路俊通、長光、治清・四郎、釈舜成、石井在利、(裏)宗綱
刊写情報 原本、写本
註記等 内容:九条尚経判物案(604・6月1日・一宮左近将監宛)、ちや消息(605・8月21日)、某書状案(606・8月22日)、唐橋在名書状草案(607・8月23日)、乗海書状(608・9月21日・富小路宛)、某書状案(609・10月14日・山本宛)、九条政基書状(610・10月15日・九条尚経宛)、章盛書状(611・10月26日・白川富秀宛)、九条家奉行人連署奉書案(612・11月2日・信濃小路長盛・白川富秀奉・小塩荘山崎方名主百姓宛)、富小路俊通書状(613・11月19日・大輔宛)、長光書状(614・11月27日・高原宛)、九条家奉行人奉書案(615・12月3日・唐橋在名奉・神足宮千世宛)、治清・四郎連署書状案(616・12月・蔵主宛)、長光書状(617・12月6日・高原宛)、宮内卿上座舜成書状(618・12月10日・信濃小路長盛宛)、石井在利書状案(619・12月16日・薬師寺万徳丸宛)、光明峯寺衆徒連署状案(620)、小塩荘内苅田在所等注文(621)、某書状案(622・帥大納言宛)  裏:某書状(606・607・612・8月2日等)、宗綱書状(620・10月25日)